

フランス 20フラン金貨 1810年 パリ鋳 ナポレオン1世
発行数1,934,466枚。
ナポレオン1世の有冠肖像を描いた20フラン金貨。
「A」のミントマークが打たれたパリ造幣局製。
ナポレオン1世は、フランスが誇る英雄として誰もがその名を知るだろう。1789年にフランス革命が勃発し、国王ルイ16世が処刑された。その後、青年弁護士ロベスピエールが権力を握るが、彼もまたテルミドールのクーデタで処刑される。その動乱を収束し、新たに権力を握ったのがナポレオンだった。当初は軍の士官に過ぎない彼だったが、軍才に加えて政治手腕にも優れていたことから、市民代表として統領に抜擢され、その後、皇帝にまで上り詰めた。
フランスの英雄として名高い彼だが、出身はコルシカ島でイタリア系の人物である。ナポレオーネ・ブオナパルテというのが本名であり、当初はフランス語も流暢に話せず、フランスの軍士官学校では苦労した。また、貴族階級ではあるものの、ボナパルト家は没落貴族で、少年時代はボロボロの衣服を着ており、貧困から同級生にいじめられていた。図書館で一人で過ごす暗い少年時代を送った彼だが、卒業後は砲兵として抜群の成果を出した。数学が得意な彼は砲丸の弾道距離を瞬時に計算し、次々に武勲を挙げた。
その後、軍人バラス子爵の紹介で6歳年上のフランス貴族ジョゼフィーヌに一目惚れし、結婚を申し込んだ。ジョゼフィーヌと結婚後、フランスへの帰属意識が彼に芽生えたのか、ナポレオン・ボナパルトとフランス風の発音で名乗るようになった。ナポレオンは妻ジョゼフィーヌにぞっこんで、遠征中は毎日のようにラブレターを書いていた。だが、ジョゼフィーヌがそれをまともに読んだことはなかった。むしろ、彼女は友人に夫からの手紙を見せて嘲笑っていた。まさかこの時、彼女は夫が皇帝にまで上り詰めるなど、思ってもいなかったのだった。
ジョゼフィーヌと結婚したナポレオンだが、子宝に恵まれず、彼女とは泣く泣く離縁する道を選んだ。その後、ナポレオンはハプスブルク家のマリー=ルイーズ嬢を娶った。二人の間にはナポレオン2世が誕生した、病弱な彼は若くして他界。後継者に恵まれなかったナポレオンだが、彼には複数の兄弟がおり、弟の末裔が現在でも存在する。
品番: CZUBA762
材質: Au900
重量: 6.4g
直径: 21.0mm
状態: EF
特記事項













