

ヴェネツィア ゼッキーノ金貨 1382~1400年 アントニオ・ヴェニエル イエス・キリスト
聖マルコの前で跪く元首アントニオ・ヴェニエル、聖書を抱えるイエス・キリストを描いたゼッキーノ金貨。ゼッキーノ金貨は1284年からヴェネツィアで発行が開始され、ドゥカートの名でも知られる。
アントニオ・ヴェニエルは、ヴェネツィア共和国の第62代ドージェ。ドージェ(Doge)はイタリア語で「元首」を指す言葉である。ヴェニエルは1382年から1400年までヴェネツィアの統治を行った。彼は1400年に他界し、サン=ジョヴァンニ・エ・パオロ大聖堂に埋葬された。当時の史料からヴェニエルの妻は、アニェーゼ・ダ・モストという名だったことが分かっている。ヴェニエルの統治は、ヴェネツィアに莫大な利益をもたらしたため、歴史家たちからは高く評価されている。
コインには表裏に亘り、以下のラテン語による銘文が記されている。
「ANTO VENERIO S M VENETI DVX SIT T XPE DAT Q TV REGIS ISTE DVCAT」
上記はコインのスペースに配慮した短縮形で、ラテン語銘文の本来の形は下記となる。
「ANTONIVS VENIERIVS SANCTI MARCI VENETI DVX SIT TIBI CHRISTE DATUS QUEM TU REGIS ISTE DVCATUS」
上記のラテン語を邦訳するなら下記となる。
「アントニオ・ヴェニエル、聖マルコの都ヴェネツィアの元首。キリストよ、あなたが統べし国が、あなたに捧げられますように」
ヴェネツィアの守護聖人である聖マルコは福音記者で、新約聖書の四福音書のひとつ「マルコの福音書」の筆者。マルコはローマ帝国ユダヤ属州エルサレムの出身で、聖パウロと同志バルナバと共に宣教旅行でパンフィリア属州(現トルコ)へ向かった。だが、何らかの理由でマルコは一人で先にエルサレムに帰還する。第2回宣教旅行でマルコはパウロから同行を拒否されていることから、意見や方向性の違いで第1回宣教旅行の際に何らかの衝突があったことが窺える。それからしばらくして、マルコは同志バルナバと共に宣教活動でキプロス島に向かったところまで判明している。これが西暦50年頃とされている。イエスの死から約20年ほどの出来事で、リアルタイムに近いことから「マルコの福音書」は最も史料として信憑性が高いとされている。
また、イエスが最期の晩餐を行った家屋はマルコの両親が家主という学説もある。その真偽は今となっては定かではないが、文字の読み書きができることからも、マルコがいわゆるエリートに部類される知識階層にあったことは間違いない。
品番: 260400500774
材質: Au999
重量: 3.50g
直径: 20.0mm
状態: VF
特記事項













